福岡法務局そばの矢野・いなほ司法書士事務所です。今回は2020年7月1日に施行された新民法での、預金の払戻しの方法についてご案内します。
1.死亡した人の預金口座はどうなるの?
ある方が亡くなられた場合、金融機関がその方が亡くなったことを把握すると、原則として、亡くなられた方の名義の口座等は凍結されてしまいます。凍結されてしまうと、その口座からの現金の引き出しができなくなり、税金や公共料金などの引き落としも停止してしまいます。その口座にある預金は、「遺産分割の対象」であり(平成28年12月19日最高裁大法廷決定)、その預金を誰が受け取るか決定するまで、ロックがかかるという取扱いです。
凍結された口座は、亡くなられた方が生前に遺言で預金を誰に譲るかを決めていた場合などを除いて、相続人全員が権利行使するか、遺産分割協議を通して決定するまで、原則として預金の払戻し等を受けられなくなってしまいます。
2.口座が凍結されている間の支払いは?
口座が凍結されて現金を引き落とせないとなると、葬儀費用、入院費、介護費用などの、まとまった費用の支払いも口座からはできなくなります。生命保険で受け取った分を支払いに充てる、ご家族が肩代わりしてひとまず払っておく、生前にある程度現金として手元に置いておく、という方法もありますが、遺されたご家族の生活費も通帳から引き落としていた場合などでは、その影響は大変深刻なものとなります。また、遺産分割協議を開こうにも、他の相続人と連絡が取りにくかったり、認知症になって成年後見人が必要になったりした場合には、さらに長い時間を要することになります。
こういった場合に、一定額までならば単独で口座からの払戻しの請求ができる「預金の仮払い制度」(第902条の2)が新民法で制定され、2019年7月1日にスタートしました。以前は「家庭裁判所の保全処分」でしか払戻しは認められないものでしたが、「預金の仮払い」は、家庭裁判所の審判を待たずに金融機関の各窓口で申請できるため、手軽でスピーディーに利用できる制度として期待されています。
死亡後遺産分割協議前 | 遺産分割協議後 | |
民法改正前 |
原則払戻し不可 例外:家庭裁判所の保全処分 |
払戻しOK |
民法改正後 (2019年7月1日以降) |
原則払戻し不可 例外:①預金の仮払い制度 ②家庭裁判所の保全処分 |
払戻しOK |
3.「預金の仮払い制度」って?
「預金の仮払い制度」とは、相続人が、遺産分割が前に亡くなられた方の口座の一定額を払い戻せるという制度です。払い戻せる額は、相続開始時の預金額に3分の1をかけて、さらに請求する方の相続分をかけた額までです。また、各金融機関ごとに150万円までが上限とされています。したがって、
① 相続開始時の預金額 × 1/3 × 相続分
② 150万円
という①、②の基準のうちどちらか低い額を限度として払戻しできます。
金融機関の窓口に提出する際に、一般的に必要な書類は以下のとおりです。
- 亡くなられた方の除籍謄本、戸籍謄本または全部事項証明書(出生から死亡までのもの)
- 相続人全員の戸籍謄本または全部事項証明書
- 払戻しを請求する方の印鑑証明書
相続のかたちはそれぞれ異なりますので、金融機関からこれ以外のものを必要書類として求められる場合があります。また実際に金融機関に訪問される前に書類の内容や条件などについて問い合わせをされることをおすすめします。
なお、亡くなられた方の出生から死亡までの戸籍謄本等は、収集するのに手間も費用も時間もかかります。また他の手続にも使いますので、預けられている金融機関が複数であったり、相続財産に不動産がある場合などでは「法定相続情報証明制度」のご活用をご検討ください。
4.遺産分割協議が終わったら?
「預金の仮払い制度」はあくまで「仮払い」ですので、一定の額までしか支払いはしてもらえません。遺言などがある場合を除いて、最終的な処分は遺産分割協議で決めるなければなりません。 (なお、①未成年の子と親権者の親が遺産分割協議に参加する場合や、②成年後見人で後見人と後見される人の両方が遺産分割協議に参加する場合にはさらに、特別代理人を選任する必要があります)
遺産分割協議が終わりましたら、以下の書類等を金融機関に提出して 預金の相続(払戻し等) の手続をされてください。
- 亡くなられた方の除籍謄本、戸籍謄本または全部事項証明書(出生から死亡までのもの)
- 相続人全員の戸籍謄本または全部事項証明書
- 相続人全員の署名と実印の押印がある遺産分割協議書
- 相続人全員の印鑑証明書
参照:預金相続の手続に必要な書類 全国銀行協会
https://www.zenginkyo.or.jp/article/tag-f/7705/
4.預金の仮払い制度の注意点は?
仮払いとして受け取った財産も、遺産分割の対象ですから、遺産分割協議で受け取った額の分を調整する必要が出できます。それだけにご家族が亡くなられた後に支払った分の領収書やレシートなどは必ず受取り、大切に保管されてください。
もう一つ気を付けていただきたいのが、「預金の仮払い制度」で受け取ったお金をご自身の生活費に充てた場合です。この場合には「単純承認」をしたものとみなされて、その後相続放棄が認められない可能性があります。相続放棄を考えている場合には、特にご注意ください。
その他、ご質問等ありましたら当事務所までご相談ください。